2011年7月30日土曜日

Moringa

モリンガという植物をご存知だろうか。



巷では「奇跡の木」として扱われ、
地球上で現在までに発見された可食植物の中で、
最もバランスよく豊富な栄養素を含んでいるらしい。
和名?ワサビノキ

モリンガを栽培しているお宅を
訪問する機会があった。

種を頂いたところ、
甘さと苦さとが相俟った味で不味くはない。



その後、
水を飲むと、飲んだ水が甘く感じられ
味覚の変化がとても不思議だった。


引率者のNGOスタッフは、
今後、このモリンガを利用した、
HIV陽性者グループの栄養強化に繋げたいらしい。

乾燥に強く寒さに弱い特性から、
ケニアでの栽培は容易と考えられる。

種を分けて頂いたので、
試しに栽培してみようかと思う。

Traditional Doctor



任地にも Traditional Doctor がいるということで、
紹介してもらうことになった。

Rongo town からもさほど遠くなく、
少し入組んだ道を通るものの、
徒歩圏内だったのは意外。



Traditional Doctor という響きから、
呪術師か何かを想像して行ったが、
どちらかというと漢方医に近い印象。



Community based の診療所のような所で、
ケニアの医療システムの中では
Level 1 に属すると考えられる。

ちなみに県病院は Level 4、州病院は Level 5。


AIDSを治す薬だと、様々な粉を見せてくれたが、
それぞれの名前や植物の処理の仕方も秘密。



知っている匂いの生薬(みたいなもの)もあったが
残念ながら特定できず。

チャイのように煮出したものを
1日1カップ、4日間服用し、
その後1週間休んでから再診するらしい。

HIVテストキットも準備されていて、
陽性から陰性に変化があれば治療完了とのこと。

残念ながら、HIVウイルスを根絶する薬は
今のところ発見されていない為、
HIV陽性を陰性にするというのは現実的ではない。
(最初の検査で正しく結果を得られなかった場合は別)



悪徳商法に似た雰囲気を醸し出していて、
半ば呆れたのも事実だが・・・
免疫力を高めるためのハーブ療法と思えば、
コミュニティーの人々に寄り添って活動する
温かな医療従事者なのかもしれない。



蛇やハイエナに咬まれた時の薬も常備。



県病院からも患者が紹介されてくるそうだが、
蛇に咬まれた時は頭に薬を塗る・・・など、
迷信半分のような治療法。

まだまだこういった伝統医療が
廃れることなく続いているのが興味深かった。

2011年7月29日金曜日

残念なこと



大概の、ケニアで思った
「残念なこと」の原因は日本人。


8月頭に隊員総会があるため、
総会の運営委員の立場の隊員(幹事会メンバー)は
事前に meeting 等打ち合わせがある。

公務として認められ、
オフィシャルレターも発行されているにも関らず、
隊員連絡所(ドミトリー)が、その当日埋っているから、
溢れる幹事会メンバーに関しては雑魚寝をするよう
JICA調整員から連絡があった。

「公務にも関らず雑魚寝というのは
 非常識な対応ではないのか?
 宿泊費の補填は可能なのではないか?」

そんな抗議に対して、

******************

標記についてですが、
前もって、人数分のドミトリー手配の
依頼があれば手配しましたが、
そうした依頼はありませんでした。
事前の段取りをしていない点は
大きな手落ちがあったと思います。
お気持ちは分からないでもありませんが、
こうした場合、
わたくしの権限でお願いすることの出来るのは、
皆様の雑魚寝です。

もし、納得できないのであれば、
宿泊費の補填を求める趣旨の申請書を、
個人ではなく幹事会として書面で提出してください。

それがあれば、
事前の予算措置の手続きが可能と思います。
(その場合、即日の手続きのため、
 午前中には提出をお願いします。)

実は、
予算措置の手続きを勝手に進めることも考えましたが、
そこは幹事会に対する過保護な対応と感じ控えました。

以上が私の常識的対応です。

******************

常識的な対応については、
それぞれの言い分もあると思われる。

しかし、
赤道直下といえども、
季節は冬のケニア、ナイロビで、
私用ならまだしも、公務で滞在する隊員に
オフィシャルレターを発行した当人が
雑魚寝を平然と提案するような
調整員の対応は常識的とは正直思えない。

雑魚寝該当者ではないものの、
もう少し対応の仕方があるのではないかと
該当者を不憫に思う。

2011年7月28日木曜日

ご近所さん

フェンスを挟んだ向かい側に住んでいる隣人達の子供。

部族が違うようだから、
子供達の会話は何語で行われているか
こちらからは分からないものの。

子供同士は良く遊んでいる。

おやつをあげることもしばしば。



競争社会に生きているせいなのか、
兄弟でもおやつの譲り合いはしない。



自分だけ抜け駆けして、おやつ貰おう
と考えているのが分かり易くて可笑しい。


以前、専門家の話の中で、

「ケニア人は協力して何かをしようとはしない。
 隣の家よりも良い暮らしをしよう、
 少しでも得をしよう、そんな風に考えている。」

といった内容のことを言われたのを、
ふと思い出した。

2011年7月27日水曜日

Kaon



自分の体の声に気付いて欲しい、
そして漢方をもっと身近に、
生活の中に取り入れて欲しい。

そんな想いを持った漢方薬剤師が集まってできた、
漢方カウンセリングルーム:Kaon

漢方は病気の時だけ飲むものではなくて、
医食同源の流れにあるものだと教えられる。

スタッフが時々更新しているブログも、
和やかな空気を漂わせていて落ち着く。


友人が送ってくれた Kaon茶を飲みながら、
ふと、出国前の漢方勉強会で、
ケニアの伝統医療について分かることがあれば
報告すると言っていたことを思い出す。



部族ごとに伝統医療があるはずだが、
実はまだ、そういった術師に会っていない。

残りの任期中に会えるのか不明だが、
ルオ文化の中で育まれた伝統医療について
伺う機会があればと思った。

泣きそう・・・



5秒後には涙をいっぱいにして
不信感をあらわにするけれど。

泣く直前のちょっと情けない顔。

赤子の泣き顔は嫌いじゃない。

Noticeboard



普段は年間の meeting 日程だったり、
イベントの告知だったり、
それほど急なお知らせが載っているわけではない
保健事務所の Noticeboard。

手書きの告知が張り出されていた。

目に留まったので近づいたら、
今日の meeting のアナウンスを
今朝、張り出しているのだからなんとも。

事務所のオフィサーの何人かは、
州都での meeting に参加していて
残念ながらロンゴを不在に。

閑散とした事務所の様子からも、
告知が多くの人に知られてないことが伺える。

meeting への参加者も
多くはなかったのではないかと想像。

アナウンスのタイミングも大事だと、
ケニア人は気がつくのだろうか。

2011年7月26日火曜日

孤児院



孤児院が開院して約1年、
子供達が勉強をするようになって数ヶ月とのこと。

土壁のまだ新しい教室は、
ひんやりとした空気を含みながらも
温かみを感じるから不思議だ。


突然の訪問者に戸惑う子供達。



肌の色の違う訪問者になれていないと見えて
皆一様に表情が硬い。


それでも先生に促されて、ポエムを披露することに。



パフォーマンスの間は少し表情が和らぐ。

孤児院という環境のせいか、表情のない子や
反応の薄い子が多かったのが気になる。

一言で言うなれば、子供らしさがない。


訪問終了後、
たまたま孤児院の前に屯していた
子供達にカメラを向けた。



好奇心いっぱいの瞳や、はにかんだ笑顔。
ゲート1つ挟んだだけで、こんなにも違う子供達。
何がそうさせるのか気になる訪問だった。

Nyambeche



電気も水道も医療施設もない村、Nyambeche へ。

今回のJICA調整員同行は、この村の視察がメイン。

村のチーフ宅で人が集まるのを待つ間も、
長閑な空気が漂う。


到着した時間が昼時だったためか、
食事をご馳走に。



どれも美味しい料理。

庭に放し飼いにされている犬や鶏も
この時ばかりは人の周りに群がって、お零れに与る。

食事が終了し、
集まるべき人が集まったところで、
村の紹介や生活のうえでの問題点について言及。



天気がいいので、木陰にて。

確かに田舎ではあるが、
本当に気持ちの良い場所。


その後は、村に唯一ある公共施設である小学校へ。



試験期間も終わってか、子供達の姿はまばら。
空の教室もあった。

教員を含め、このエリアで起こっていること、
子供達がどのような状況にあるかなど、簡単な紹介が。

primary のクラス5以上になると、
女子生徒の通学数が減ってくることも話題に。

原因の1つは妊娠。



この学校から secondary に進める生徒は多くはなく、
殆どの子供は進学という選択肢を持っていない。

それでも時々、奨学金を貰って進学できる子がいることが、
教員にとっても、子供達にとっても希望なのだそうだ。

村人にとっての必要としている施設の
優先順位は医療施設ではあるけれど、
教員の中には secondary school こそをと思う人もいる。



Nyanbeche に来ると、
長閑な生活環境ながら人々の言葉に熱意がこもっていて、
自分の立ち位置について考えさせられる。

2011年7月25日月曜日

Nyakuru dispensary



JICA の調整員を伴って、
時々同行する NGO の活動先紹介。

最初に向かったのはNyakuru dispensary。

主要幹線道路から未舗装路に入り、
なだらかな山道を登る。



電気はないけれど、水タンクを利用して水の確保。
dispensary にしては規模が大きく、
周辺にある商店も賑わっている様子。

HIV陽性者の家族への勉強会を主催した時に
1度だけ訪れたことがあった。

訪問者もHTCに興味を持ち、
自分のステータスを知ることが大切だと理解したのか、
その時のHTCは長蛇の列だった。

今でもCHWなどを通じて、
差別や偏見をなくすための勉強会をしたり、
血液検査から治療導入に向けた働きかけをしたり、
活発に活動しているよう。



dispensary の敷地の外で、
ママたちに声を掛けられた。

ルオ語で挨拶をすると、みんなに喜ばれる。
こんな時、語彙力をもっと増やしたい…と切に思う。

セピア色の空



夕暮れ時の大雨が降った後、
空が黄色に発色していた。

まるで、セピア色の世界に包まれたかのよう。

不思議な色味は、
日が沈むまで続いた。


*写真はオートで撮影したもの。

2011年7月24日日曜日

Homabay again



同期を連れて、今週も Homabay へ。

天気が良かったせいか、
今日の湖は普段以上に綺麗に見える気が。

湖沿いの市場で魚を見学。



なまずかと思いきや、「肺魚」らしい。

プロトプテルス・エチオピクスといって、
アフリカ熱帯亜熱帯域に分布し、
ナイル川水系に1亜種、コンゴ川水系に2亜種が知られている。
大きいものは全長2mに達し、ひも状の対鰭を持つ。

ヴィクトリア湖のものが大量に水揚げされていたようだが、
ナイルパーチの移殖により他の固有種と共に減少とのこと。



口をあけると、人間の前歯のような歯。

ケニア人も美味しいと太鼓判を押したが、
どのような味がするのか興味深い。

その後、無難にティラピアを食べ、
のんびり過ごしてから帰宅。


Homabay のマタツステージ



荷物を山積みしたり、
ビスケット売りがいたり、
マタツステージはどこの町でも賑やか。

Homabay では生魚が売られていたのが印象的。



Homabay には現在隊員が2人いるが、
2人とも9月に任期満了して帰国する。

その前に、また訪問できたらと思う。

2011年7月23日土曜日

設置工事



任地ロンゴの電気普及率はまだまだ高くはないものの、
自宅にはセキュリティーライトが何箇所かある。

近所のケニア人宅で、
セキュリティーライトを設置している家はそれ程多くない為、
夜中真っ暗になる中で我家は随分目立つ存在。

そのスイッチが家の中にしかなかったため、
例えば公務や旅行で留守にする時、
ご近所はおろか、道行くケニア人にも
在宅か不在か分かってしまう。


安全対策上、不在が公になるのは良くない・・・
ということから、大家には何度も
セキュリティーライトのスイッチの屋外設置を依頼していた。

屋外にスイッチがあれば、夜間の警備員が操作できる為、
在・不在に関らず、我家のセキュリティライトが点灯する。

その工事に着手してもらえるまで
随分時間が掛かったが、
このところ近所で空き巣が多発したようで、
さすがに大家も重い腰を上げてくれた。



工事という程の手間も掛からず、
思ったよりも壁の破損も少なく終わり、
無事にセキュリティライトが屋外に設置された。

お店番



日常雑貨を売っている
小さな小屋で、お店番の子供達。

カメラを向けたらポカンとした表情。

魂でも抜かれたのだろうか?

2011年7月22日金曜日

Mother to mother support group



HIV陽性の母親同士のサポートグループの勉強会。

妊娠中のママから出産後数ヶ月のママまで、
お互いの情報交換を兼ねてのmeeting。

この日のトピックは infant feeding。



HIVの母子感染経路は、
妊娠中、出産時、授乳の3つ。

WHOでも、免疫獲得などの理由から
生後6ヶ月までは母乳育児を推奨していると言われている。

そのため授乳時のリスクを如何に抑えるか、
なぜ母乳育児が必要かなど、
医療スタッフが母親達の質問にも丁寧に答えながら進行。



子供達が健やかに育ちますように。

2011年7月21日木曜日

新しい病棟



昨年から建築工事が始まっていた産科病棟が完成し、
いよいよ使用され始めた。

病棟が新しいせいもあって、
県病院内の他の棟と雲泥の差と言って良いほど
清潔感が溢れているし、スペースを確保している。

母子保健強化を謳っているだけのことはある。



出産後のママを見舞う人々も。

入院期間は1~2日のようだが、
ケニアでは病院で出産をするという事を
人々に定着させるのが難しい。

まだまだ家庭分娩が多く、
その結果、難産への対応が出来なかったり、
乳幼児の予防接種への導入が遅れたり、
HIV陽性の母親から産まれた子供へのケアが出来なかったり。



もちろん、
病院での出産でも死産がないわけではないし、
未熟児で産まれてくる子供も少なくはない。

それでも、5歳以下の乳幼児死亡率が
依然として14%もある現状を改善していく
1つの方法として、病院出産を政府が勧めている。


とは言っても、水道のないロンゴ。
当然院内の水は雨水か井戸水。



残念ながら、ろ過装置もあるわけではないので、
衛生的には良いとは言えないかもしれない。

少しずつ、改善が必要である。

Angamiza Malaria



マラリア撲滅月間のため、
ハマダラ蚊を駆除する為の
薬剤散布をこのところ毎日行っている。

普段は公共交通機関として利用されるマタツも
薬剤と散布する人を運搬する為に病院に集合。

朝、出発前の一時の喧騒は
病院のゲート内とは思えないもの。
(写真は殆どの車が出発した後)


さて、そんな朝の病院に
後任要請に関して配属先と話し合いをするために
JICAの担当調整員が到着。

マタツが病院の敷地内に何台も停車し、
ユニフォームに身を包んだ人々が屯しているという
見慣れぬ光景に少々驚いたか、口数も少なめ。

それでも、敷地内を一通り案内し、
新しく建築された妊産婦用の病棟やMCH、
男性割礼の術場、PSCのテントなど、
活動に関る部署を説明。


保健事務所のスタッフには知らせていたものの、
病院のスタッフにとっては突然の訪問。

それにも関らず、各部署でチャイを勧められたり、
大歓迎のハグを受けたり、
普段、挨拶しかしない別部署のスタッフも
まるでいつも一緒に仕事をしているかのような雰囲気で、
調整員が受けた印象は通常の1.5割増くらい
もしくはそれ以上に良かったのではないかと。

その後、counterpart との話し合いを経て、
調整員は次の訪問先へ。


多くのスタッフが、まるで申し合わせたかのように
「3月で帰らないで、ずっとケニアにいたら良いのに」
「任期を延ばせないのか?」
等々、調整員に話していたせいか、帰る間際に

「ここには後任入れた方がいいね」

と一言。

配属先のスタッフみんなに大事にされているのを
調整員も感じてくれた・・・と思いたい。

2011年7月20日水曜日

Smile Africa Run



今年3回目を迎えるソトコト主催のサファリマラソン

日本国内での震災への支援活動を実施するため、
ケニアでは「チャリティ・ラン in キベラ」、
日本では「ソトコト サファリマラソン」とリンクした
ジョギング大会を開催するらしい。

今回は、5km コースの kids run と、
10km コースの2種目のみということで、
例年よりは規模を縮小されているものの、
Qちゃんこと高橋尚子さんをゲストランナーに迎え
スラム街のキベラにある運動場を起点として行われる。


陸上大国ケニアにいるのだから、
1度くらいマラソンに参加してみようと思う。

とは言っても、運動不足のこの頃、
10kmでも厳しい戦いになることは間違いない。


「チャリティ・ラン in キベラ」は7月31日開催。

日本からの参加も受付てくれる。
世界最大のスラム街:キベラを横目に
10km 走ってみませんか?

2011年7月19日火曜日

Nadeshiko Japan



7月19日付のケニアの新聞
『STANDARD』にも、World Cup の記事が
スポーツ欄1面を飾った。

"Super Nippon Girls"

同僚達が、
「日本を応援していたよ!!」
「Congratulation!!!!」
などなど声を掛けてくれて、
試合を観ることはできなかったけれども
本当に本当に嬉しいニュース。


記事の中で、
3月の大震災に触れたコメントも。

それを受けてか、
「やっぱり日本は凄い国なんだね」
と言ってくれたケニア人も。


世界中の人に、
『日本』という国が今年ほど印象付けられた年は
あまりないような気がしている。

IT導入



保健医療に関る各種データを
ネット上で管理・共有するソフトが
今年の5月から運用されている。

開発には、同期シニアボランティアが関り、
現在各州で県データクラークがトレーニングを受けている。

ニャンザ州は他の州に先駆けてトレーニングを行い、
データも徐々に蓄積しているようではある。

県事務所レヴェルでは、
PCでのデータ管理はそれなりに可能なようだが、
今後ファシリティーに落としていきたいとの事。

現在はデータクラークが入力を担っているが、
事務所スタッフにも徐々に技術移転。

ITとなると、その言葉だけで
尻込みしてしまうケニア人も多い中、
counterpart が基本事項を学ぶことに。

後ろから、なんとも歯痒い思いで
2人の遣り取りを見守る自分。

2011年7月18日月曜日

Small meeting



月曜日の朝、保健事務所は meeting で始まる。

とは言っても、
メンバーが揃うまで待ち惚けのことが多く、
また、30分で終わると言いつつも
2~3時間スワヒリ語の雑談込みで話し合うので、
毎週出席するわけではない。

主に、スタッフが前の週に何をしたか、
この週は何をする予定なのかを情報共有し、
それに伴い意見交換を行っている。


今週、活動や後任についてJICA調整員と
自分の counterpart が話し合いをする都合上、
JICA調整員の訪問予定をスタッフに共有する為、
久しぶりに meeting 参加。


スタッフの中には、
ボランティア受入れを通じて
JICAあるいは日本の支援団体からの
資金や物品の提供を目論む輩もいる。

援助慣れ・支援慣れの土壌を作ったのは外国人だから
そういったケニア人同僚の姿勢を
一方的に非難するつもりもないし、
現にそういった資金提供をするNGO等が
数多く出入りしている以上、仕方がないことではある。

赴任当初、顔を合わせる度に、
「何をくれるのか?」
といった質問を繰り返した同僚達も、
ボランティアに何か要求しても無駄だと
半年くらい経った所で気がついたらしい。

その代わり、
JICAのスタッフが視察等で来ると分かると、
色めきたって自分のリクエストを伝えたいと主張する。

そういった、
抜け目のなさのようなものは
期待を裏切らない。


幸いにして、
自分の counterpart はボランティア事業への理解が深く、
活動資金や物品の要求をされたこともないし、
変な要求をする同僚を一喝できるくらいパワフル。

今回の meeting も彼女のお陰で無難に乗切れた。

しかし、
いつになっても要求が絶えないあたり、
mindset を変える難しさを痛感する。

2011年7月16日土曜日

週末の気分転換



久しぶりに Homabay へ。

homa とはスワヒリ語で「熱」のこと。
直訳すると熱の港。

いかに、この地でのマラリアの罹患率が
高かったのかを想像してしまうものの、
穏やかな湖面を見ていると、
そんなことも現実味がないかもしれない。


魚市場の一角に、釜が並んでいる場所があって、
揚げた魚を売買しているようだ。



この日はお休みの所もいくつか。
土を綺麗に盛って作った釜は
この地域の独特な形だろうか。


また、外資の fish company から廃棄された
魚の頭と背骨の部分も、日干しして再利用される。



ずらりと並ぶ姿は圧巻。